鉄や亜鉛めっきなどの金属面に塗装した塗膜の剥離事例

これは、マンションの駐車場の折板の屋根の裏側・天井部分なのですが、塗膜が剥がれて、素地の亜鉛めっきの面がところどころ見えている状態です。 この下に車が止まっているんですが、剥がれた塗膜片が車の上に落ちてきたり、見た目も悪いので、塗り替え工事を行うことになりました。 剥離部分のケレンを行い、劣化塗膜を除去、活膜を残し、さび止めと上塗を塗って、一旦はキレイに仕上がったんですが・・・

約3年経過した状態がこちらになります。

塗替え前の状態よりも、塗膜の剥離面積は拡大し、見るも無残な状況になっておりました。 実際、塗り替え後1年ぐらいで、塗膜の剥がれなどの兆候が出てきていたようです。 では、これらの剥離の原因を考察していきましょう。 写真①(塗替え前)と写真②(塗替え3年後)を並べてみます。


  • Before施工前
    写真①

  • After施工後
    写真①



分かりやすくするため、写真①(塗替え前)の剥離箇所を赤丸で囲んで、写真②(塗替え3年後)の同じ場所を赤丸で囲んでみました。

  • Before施工前
    写真②

  • After施工後
    写真②


こうしてみると、最初の剥離と、塗り替え後の剥離が、全く違う場所で起きているのが分かります。

まとめると
最初に塗膜が剥離していた箇所  → 塗り替え後には剥離してない
最初に塗膜が剥離していない箇所 → 塗り替え後には剥離している
(※最初と塗替え後のどちらも剥離していない箇所も当然ありますが…)

といった具合になります。 実は金属部の塗膜の剥離事例では、このパターンは結構多いんです。


これは、過去の塗り替え回数や、その度に積み重なった塗膜厚に起因しています。
つまり、 『塗替えで塗膜厚が厚くなり、塗膜が経年で劣化することにより塗膜の内部応力が増大し、内部応力が塗膜と素材との付着力を上回ったため、塗膜剥離に起きた。』 というのが今回の剥離原因になります。 内部応力というのは、簡単に言うと、内部応力=『塗膜を下地から引きはがそうとする力』と言い換えたほうが分かりやすいかも知れません。


塗料が塗装され、硬化乾燥し塗膜となった時点で、二つの性質の力が働きます。

それは、A『下地に対して密着しようとする力』(塗膜の密着力)と、先ほど申し上げたB『塗膜を下地から引きはがそうとする力』(内部応力)の二つです。 このAとBという相反する力のバランスによって、塗膜の密着は維持されていると言えます。


綱引きで例えると、こんな感じです。
A『下地に対して密着しようとする力』チームとB『塗膜を下地から引きはがそうとする力』チームで綱引きをしているイメージです。
※綱引きの勝敗は、単純に人数が多い方が勝つこととし、個々の能力の差は関係ないものとします。
※Aチームの人数は10人で固定されており、増減はないものとします。
※Bチームの人数は3人(新築時の塗膜の内部応力分)で1回の塗替えの度に内部応力分として3人づつ追加されるものとします。

①まだ1回も塗替をしておらず、新設時の塗膜があるだけの状態
Aチーム:10人、Bチーム:3人

10人 > 3人= A > B となり、A塗膜の密着力が圧倒的に上回っており、剥がれもなく健全な状態。

②1回目の塗替を行った状態
Aチーム:10人、Bチーム:3人+3人

10人 > 6人= A > B となり 以前として塗膜の密着力が圧倒的に上回っており、剥がれもなく健全な状態。

③2回目の塗替を行った状態
Aチーム:10人、Bチーム:3人+3人+3人

10人 > 9人= A > B となり 以前として塗膜の密着力が上回っています。

④3回目の塗替を行った状態
Aチーム:10人、Bチーム:3人+3人+3人+3人

10人 < 12人= A < B となり この時点で初めて、塗膜を下地から引きはがそうとする力が塗膜の密着力を上回り、塗膜の剥離が発生します。


塗替えを行ったことにより、塗膜の剥離が生じるメカニズムはおおよそこんな感じです。 ただし、これはあくまで例えなので、必ずしも3回目の塗り替えで剥離が生じるわけではありません。今回の場合はAチームを10人としましたが、塗料の種類や下地処理の程度により、人数は増減します。
仮にAチームが13人だったら、3回目の塗り替えまでは問題なく、4回目の塗り替えで剥離が生じることになります。



では、これらの塗膜剥離のリスクを無くすにはどうすればいいか。

それは、ケレンにより既存塗膜を完全に除去すること、つまり、溜まった内部応力を一度リセットして、ゼロにした後、塗り替えを実施する必要があります。
実際に、最初の折板屋根裏面の剥離事例を見ても、最初に塗膜が剥離して花咲き現象が生じていた箇所は、塗り替え後には剥離していません。これは、ケレン時に劣化塗膜を除去し素地を出しているので、溜まった内部応力をゼロにしているからに他なりません。


とは言え、既存塗膜の完全剥離は、費用面も大幅にアップしますし、労力もかなりかかりますので、剥離するか否かのタイミングを慎重に見極めなければなりません。
判断するポイントは主に二つです。


①現在の塗膜の劣化状況。(塗膜の剥離や割れ、浮きがないか等)
②塗膜剥離がある場合、剥離塗膜の膜厚。 500μⅿ以上が目安


ポイント①ですが、 例えば、こちらの写真のような状況だと要注意です。



現地確認の段階で、上の写真のように、部分的に塗膜剥離が見られる状況であれば、剥離箇所においてはすでに塗膜の内部応力が塗膜の密着力を上回り、剥離に至っていると推察できます。
一か所でもこのような剥離の兆候が見られれば、その他の健全に見える箇所も、ギリギリのラインで密着を保っているものと考えたほうが良いです。この上に塗り替え塗装をすることにより塗膜厚が増えて、内部応力が大きくなると、ますます剥離面積が拡大してしまう危険性があります。

ポイント②ですが、現状、塗膜の剥離や花咲現象が生じているのであれば、剥離塗膜を手に取って塗膜厚を確認してください。塗膜厚が500µm(ミクロン)以上、ないしはそれに近い膜厚に達しているのであれば、注意が必要です。
500µmといっても、膜厚計も無いのにどうやって計測するの、と言われそうですが、そんなにシビアに測る必要はありません。だいたい500µmです。
1mmが1000µⅿですから、500µⅿは1mmの半分です。


↓これは、上の写真の現場の塗膜片です。




塗膜片をメジャーに当てて、目を細めて見てみると・・・




この塗膜片だと1mmの半分以上はあるかな、ってのは目視で確認できます。

↓実際、膜厚計で計測すると605µmありましたので、だいたい目視通りですね。



おおよそ1回の塗替えで(3工程分)120~150μⅿ程度、新設時の塗膜厚もそれぐらいで考えると、塗膜厚が500µⅿを超えるタイミングは、塗替3回目~4回目ぐらいになって、最も剥離するリスクが高くなります。





現地調査の段階で以上のような条件に当てはまる場合、普通に3種ケレン(劣化塗膜は除去し、活膜は残し)程度で塗替塗装を行うと、塗膜剥離のクレームを起こす危険性があります。
では、このような剥離クレームを未然に防止するために、どうするべきか?


一番ベストな方法は、既存塗膜を全面除去し地肌を露出させてから塗替塗装を行うことです。上述しましたよ うに、こうすることで、塗膜厚による内部応力を一旦ゼロにすることが出来るわけです。

とは言え、既存塗膜を完全に除去するとなると、労力も半端ないですし、費用面でも大幅なコストアップになりますので、現場によっては予算的に厳しくなり、実質不可能なケースも出てきます。
お施主様や、元請業者から、何とか低コストで工事をして欲しいと依頼された場合は、活膜は残して塗装するので、施工後早い段階で、残した旧塗膜ごと剥離する可能性がることを伝え、了承を得て工事に入ることをおすすめします。(こうすることで仮に早期に剥離しても、責任を追及されることはない)

以上、今後のご参考にしていただければと思います。